はじめの一歩


さあ、何から始めるか。

韓国語、と、くれば、とにかくハングル文字である。

ganada。カナタラマバサ。これは日本語では、あいうえおに匹敵する。

だから、最初はとにかくカナタラを覚えなさい、発音しなさい、ということになる。

でも、それは嫌だった。

覚えたく、なかったのだ。

覚えすぎると。

覚えたくない、では勉強にならない。そりゃそうだ。けれど、私はどうしても丸暗記式の勉強はしたくなかった。カ、ナ、タと、ラジオ相手に繰り返すことが、どうしても出来なかった。

十一月から始めたことが、かえって良いほうに転がった。短音とxanしか出てこない最初の月だったら、途中で投げ出していたかも知れない。

ほんの短いものだけれど、文章が出てきた。

caig。これが本です。

xobba。兄ではありません。

イゴシ チェギムニダ、オッパガ アニムニダ、と読む前に、私はxigaに注目した。

xiは、パッチム、下半分に子音が付いている単語につく助詞。バッチムがなければ、つまり子音がなければgaがつく。

つまり、子音の穴を母音が埋めるのだ。

ほーー。合理的だなあ。

しかし、ここでgaが助詞の「が」に似ているからといってgaは「が」、と覚えてしまうと、後が続かなくなる。

xobbaは、〜ではない、という意味だ。〜がない、にはならない。

さらに、〜になる、はxigadoiがつく。〜がなる、にすると、意味は分からなくもないが古くさい訳になる。

xiにしたって、ただ「が」と覚えてしまうと、後で損をする。単独で、これ、という意味になるし、形容詞や動詞について名詞化したり、副詞化したり、他動詞を作ったり、語尾を整えたりと、いろんな役目がある。

最初のうちに覚えたことは、やっかいなことに、なかなか忘れない。日本語に似ているからといって、これは助詞、これは名詞、とかっちり覚えてしまうと、違う場面でその単語が出てきたときに、面食らうことになる。

最初はそっと。

最初のうちにあれこれ張り切って覚えてしまおうとすると、頭がとても固くなる。

ganadaを唱えて覚えても、実はあんまり意味がない。だって、あいうえおを知っているからといって、日本語を話せるだろうか。アルファベットを全部知っているからといって、英語を話せるようになるだろうか。

最初は静かに、黙っていよう。文字を眺めていよう。読むのは、意味のある文章が出てきてからでも、決して遅くない。

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