怒り


サンヒョクのお母さんの怒りも、もっともです。

スキー場に来てくれないかとサンヒョクに言われて、お母さん。

05

テッタ。センガゴプソ。ノン ネガ ユジニルル クェニ ミウォハンダゴ センガッカヌン ゴ カットゥンデ・・サラム イサンハゲ マンドゥルジ マラ、ナ、クロン サラム アナ。

もういいわ。そんなつもりはありません。おまえは私がユジンをひどく憎んでいると思っているみたいだけど・・人をおかしいみたいに言わないで。私はそんな人間じゃないわ。

直訳。もういい。考えはない。おまえは 私が ユジンを ひどく 憎んでいるのだと 考えている ことの ようだが・・人 おかしく でっち上げる な。 私 そんな 人 でない。

サンヒョクは、それは誤解だとか自分の話を信じろとか言うのですが、誤解ではないし、すでにユジンから別れ話を持ち出されている。

つまり、サンヒョクは、もうユジンの気持ちなんてどうでもよくなっているんですね。

それは、次のサンヒョクの言葉によく表れています。

06

チャム、ヌナ・・ウリ ユジニ ノム イル マニ シキジン マセヨ。イップン ソン クドゥン サル パキヌン ゴ、 ナ シロヨ。

ところで姉さん・・うちのユジンにあまり仕事をさせないでください。可愛い手が荒れるのは、私は嫌です。

うちのユジン。

結婚もしてないのに、所有物なんですね。

この「ウリ」は、とても広く使われる言葉です。ウリマル、といえば我が国の言葉、ウリオンマ、といえばうちのお母さん。

秋の童話の中で、ウンソがお母さんの肩にカーディガンを掛けながら、「ウリ オンマヌン イエップネ」と言う場面があります。

「うちのお母さんは綺麗だね」なんですが、日本の感覚だと、娘が母親にかけている言葉というよりは、もっと年長の人、例えば祖母が孫に向かって娘や嫁を誉めているような感じがします。

だから、サンヒョクの「ウリ」も、「僕のユジン」ではないのですね。

使われる意味が広すぎてちょっと分かりにくいのですが、「ウリ」と言えば家単位、あるいは国単位です。

日本人は、よく「縁」とか「絆」とかいう言葉を使います。袖すり合うも他生の縁。他人にもおろそかにできない縁がある。いやむしろ、他人との縁の方が大事にしなければならないものだと、日本人は思っています。これは、江戸時代にはすでにしっかりとあった意識で、生みの親より育ての親、なんていう言葉もあるほど。

けれど、韓国のウリには、他人の縁は含まれません。ウリは、あくまでもウリ。

ですから、日本人が「日本語」という意味でウリマルというと変な感じになります。

それほど韓国のウリは、絶対的な「私たち」「我々」なのです。

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