こんにちは


韓国語の教室に通い始めて、気がついたことがある。

「こんにちは」と言うようになったのである。

韓国語では、「おはようございます」も「こんにちは」も「こんばんは」もxanでよい。

だからxanは、昼間の教室でも夜の教室でも連発する。

教室の前で顔見知りの人々と出会ったとき、ある人は「こんにちは」と言い、ある人はxanと言う。

普通は、「こんにちは」と言われたら「こんにちは」と返し、xanと言われたらxanと返す。そういうものである。

でも私は、xanに対して、つい「こんにちは」とか「こんばんは」と言ってしまうことがある。

日本語の挨拶は時刻に左右される。というより、時刻のために挨拶するようなところがある。時候の挨拶、なんて言葉もあるくらいで、昼も近いのに「おはようございます」では笑われるし、夜に「こんにちは」と言うと、相手によっては本気で怒ったりなんかする。

考えてみると、私たちは一日中挨拶をしている。朝から晩まで挨拶が決まっていて、朝目覚めて顔を洗い食事をし、学校あるいは職場に行き、食事をし、勉強あるいは仕事を終えて帰宅し、また食事をし、入浴して眠りにつく。

「おはようございます」に始まって、「いただきます」「ごちそうさま」「いってきます」「いってらっしゃい」「ただいま」「おかえりなさい」「おやすみなさい」。家でも会社でも学校でも、そしてスーパーのレジでも「こんにちは」。

ちょっとうんざりするくらい、時刻と状況に合わせて、挨拶は繰り返される。

実際、本当にうんざりしていたらしく、勤めを辞めてから挨拶の種類が少なくなって、気楽になった。朝が何より苦手なので、「おはようございます」は嫌いな挨拶だったし、外出も嫌いなので、「いってきます」を毎日毎日言う必要もなくなった。友人と久しぶりにあっても、「こんばんは」なんて言わない。「ひさしぶり」ならましなほうで、「おー」とか「やあ」とか「どないや」とか、言葉になっていない言葉で、挨拶は完了する。

そして、顔見知りの近所の人、つまり知っているけれどそんなに親しくはない人と出会っても、「あ」の後をごまかして、頭を下げて笑顔、で終わりだった。

だが、この頃少し違ってきたのだ。

韓国語の教室の人々は、先生を除いてほぼ全員が年上だった。だから「どないや」とは言えない。それに、失礼な相手だったら私も挨拶なんてしないのだが、どういう訳か、皆とても礼儀正しくきちんと挨拶される。

週に一度、あるいは二度、xanまたは「こんにちは」と聞いたり言ったりすることによって、親しくない他の人にも、自然に「こんにちは」が出るようになったのだ。

思えば、学校の友人や職場の同僚に「こんにちは」と言うことは滅多にない。全く知らない人に対して、「はじめまして」もなしに、いきなり「こんにちは」と近づくと警戒される。逆に、とても親しい友達に「こんにちは」なんて言うと、気持ち悪がられる。

「こんにちは」は、とても微妙な距離のある言葉である。学校でも職場でもないhangugというところで、私は微妙な社会性を一つ、身につけたのである。

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