風・ハワイ


何にも触れていない生まれたままの風が、岬を駆け上がってきて私の足下から舞い上がって、空に吸い込まれていく。

今までで唯一の海外旅行。友人の会社の社内旅行にくっついていった。オプションで社内結婚式の立ち会いもあって、白い可愛い教会にも行った。

まだ伊丹空港から国際便が出ていた頃。もちろん飛行機に乗るのも初めてだった。8月ももうすぐ終わる、21歳の夏。

スポーツは苦手だったけれど水泳だけは好きで、夏休みの三分の一くらいは泳いでいた。だから、飛行機を降りたその日に、時差なんてものともせずにホテルのプールで泳ぐという、今では到底無理なことをした。

おかげで、ハワイの強い陽差しは私のチェックの水着を通り抜け、背中から尻にかけてチェックの日焼けをした。それは「まだらの尻」と命名された。

ハワイは火山岩で出来ていて、だから水が浄化されていてとても美味しいのだと聞いた。日本では島は大抵水不足で、本土から水を引いたりしているのに、ハワイはそういう意味でも楽園なのだなと、本当に冷たくて美味しい水をがぶがぶ飲みながら、思った。

かの有名なワイキキビーチは、本当に広い広い、砂浜だった。人もそんなに多くない。湿気の少なさにうっかりと日向を歩いて軽い熱射病になりながらも、裸足にスニーカーを履いてぶらぶらと歩いた。さすがに観光地、表通りは美しく、ゴミ一つ落ちていない。

地面に平行に枝を広げた木々は、季節のない島でそれぞれが気ままに花を咲かせ、実を付け、鳥を止まらせ、また陽差しを浴びて枝をくねらせながら成長していく。

季節がない。そう。日本の真夏とは違う、五月初めくらいの、極めて湿度の低い過ごしやすい気候。これがほぼ一年中続く。琵琶のような濃い色の小鳥も、花嫁のレースより薄い白い花も、冬の訪れに怯えることなく、楽園の恩恵を受け続けることが出来る。

でもな。それじゃな。

ハナウマ・ベイは入り江の岩場で、魚がたくさんいて私好みだった。珊瑚礁で足を傷だらけにしながらも、恐ろしいほど澄んだ水を透かしてみる。それにしても、どうしてあんなにも多様なのだろう、あんなにも鮮やかな色彩が必要なのだろう。水中眼鏡の向こうの景色は、この世のものでないとしか形容しようのない、上下左右の感覚がふっとなくなる、ほとんどパラダイスだった。

でもな。これもな。

私はパラダイスの住人にはなれない。

旅行中は、普段の生活を忘れて時間の流れを気にしないでいる、ものなのだろう。

けれど、私にはそれが出来ない。時間の流れを、普段と同じように、きちんと感じていたい。

鮮やかな色と形を誇る魚や花たちは、そのためにあんなに個性的なのだろうか。季節の変動に対応する必要がない代わりに、それぞれの個性を強調することで自分の存在を主張する。季節に応じて色を変えたり冬眠したりする必要がない代わりに、誰も思いつかないような姿形で珊瑚礁の間をすり抜けていく、のだろうか。

戻ってきた日本はその夏一番の暑さで、スーパーの食料品売り場は混んでいて、けれども落ち着いた。固い唐揚げや湿ったお握りの海苔も、その日に限って気にならなかった。

わざわざ出かけておいて、帰ってきたらああやっぱり家の方が落ち着くな、というくらいなら旅行になど行かない方がいい、という人がいる。対して、どんなに家がいいか、旅行に出て再確認するのだという人もいる。

まあ、私は旅行好きではないので、どっちでもいい。

とにかく、よく分かったこと。私にはパラダイスは似合わない、ということだ。

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