海・和歌山


近畿のおまけー、和歌山ー、という歌を、本屋で聴いたことがある。

和歌山、の前に、ぅ、がついていた。どんな風に和歌山がおまけなのかいっぱい並べていた。きっと和歌山出身の人が作った曲だ。

和歌山の人は、和歌山の悪口を言われても怒らない。まあ田舎やもんなあ、しょうがないわなあ、と笑う。兵庫県南部、播磨の人も怒らない。播磨は文化不毛、交通事故多発地帯、と言われても、まあ気候がええからぼーっとしとるし、田舎の道は真っ直ぐでついついスピード出すし、しょうないわなあ、と笑う。大阪の人なんて悪口言われると、何言うとるんじゃー、いっぺん話しつけたろかー、と喜ぶ。京都の人は鼻で笑う。神戸の人は聞いてない。名古屋の人も怒らない。名古屋はなーんもなー、田舎だぎゃにゃしょーがにゃーわなもし(不正確)と、笑う。

でも、それより北に行くと、東北地方の人は特に、田舎だとか不便だとかいうと、いきなり本気で怒り出す。

周囲を怒らない地方出身者で占められている私は、なんでそんなに怒るのか、いまだに全然分からない。

和歌山は、大阪と接している。

大阪は日本で一番小さいが、南には結構長い。そして、和歌山自身がとても大きく、ぐるっーと巡って三重県とごっつんこする頃には、気候風土も大きく変わっている。

そのぐるーっと回る途中、本州の最南端よりちょっとだけ西のあたり、という微妙なところに出かけたのは、蘆雪がいっぱい絵を残していたからだった。日本で一番小さい美術館、棕櫚の緑も濃い、名前もそのまんま「応挙蘆雪館」。

串本駅から、そんなに遠くない。海に向かって突き出した、潮岬のちょっと手前で、蘆雪の虎が髭を伸ばして待っていた。

和歌山の南には海がある。太平洋がある。

と、簡単にはいかないのだった。

岬というのは、海の先に突き出しているから岬というので、南に突き出した岬の場合、西側を歩いていれば海は西になるし、東側を歩けば海は東になる。本当に海が南に来るのは先も先、本当の先っちょにいるときだけなのだ。

県全体が岬のようなものの和歌山で、海が南に来るのはほんの一部でだけ、ほとんどは西に来る。

だから、田辺あたりで道を尋ねたとき、「海は南だ大きいな」と思いこんでいる私と煙草屋の店先のおばさんの話は、全く噛み合わなかった。

田辺は大きくもなく小さくもない、ちょうどいい感じの町で、後で知ったのだが父が小学校の時に暮らしていた町だった。こんがり焼いたお餅の入ったぜんざいが美味しくて、ばくばく食べた。二回も。

潮が暖かい、というのを、聞いてはいたが肌で感じたのは初めてだった。

古座川の底は透けて、玉石の色の違いまで見分けられた。コンクリートで固められた土手の隙間から芽生えたでっかいアザミは、まったく冬枯れの気配がない。

川を、小さい、と思うのは、兵庫県で一番大きい加古川の近所で育ったからだった。加古川はたいがいでっかい。でも、加古川出身の友人のうち、私を含めて3人が、兵庫県で一番大きいのは円山川だと思っていた。でっかいがあんまり威厳のない、そんな川が加古川だ。

そんなでっかい加古川は決して綺麗な川ではなく、公害問題を扱った本などでは太く黒く塗られていて、加古川がそんなに好きではない私でも、胸が痛んだものだった。

古座川は、さすがに護岸はコンクリートで固められ、ところどころ下水の流れ込んだ跡はあったものの、ほかほかと暖かい、しかし十一月の末の風の中で、底の方までぴかりぴかりと光っていた。

和歌山も、決して手つかずの自然が残っているところではない。白砂の浜には火力発電所が建ち並び、扇の浜の護岸は色気のない灰色で、バイクの保有率が全国一多いためか、交通量の多いところの空気は決して清浄ではない。

でも、潮は暖かい。この暖かさは、ここでしか味わうことは出来ない。それだけは、間違いがない。

日本人の旅行の楽しみかたが変わり、大型旅館の大部屋で大勢が食事して大浴場に入って、というやり方が、下火どころか駆逐されつつある中、関西国際空港に近い和歌山では、韓国からの団体客を相手に、なかなかの成果を上げているのだという。

どんなことよりもまずは自分の家族を優先する韓国では、家族、いや一族総出の旅行はなによりの孝行である。清潔な客室、美しく整えられた膳、きめ細かく行き届いたサービスに、還暦を迎えたお父さんお母さんは大感激である。

潮の暖かさは、彼らには伝わっているだろうか。かつて日本人の祖先が南の海からやってきたように、日本人の中には潮の流れのように絶え間ないものが溢れているということを、厳格な大陸の人々は、理解してくれるだろうか。


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