夏・東京


思えば、東京に『旅行』したことはないのだった。

何か用事があって出かけていて、用事が済めばすぐさま帰ってくる。その用事は、大阪や名古屋で済まされるならそこで構わない。つまり、東京という場所が大事なのではなく、用事の内容の方が重要な、そういう用事なのだ。

親戚の家に泊まりに行く、というのは、旅行だろうか。違う。予定は自分では立てられないし、親戚が生活しているところに入り込むわけだから、普段使わなくていい気を使う。

まあ、要するに、東京はあまり好きじゃない、と、最初にはっきり言っておけばいいのだ。

その癖大学は東京のを選んでいるから、あまのじゃくである。

その大学の名前は、日本大学。

文理学部のキャンパスは、京王線下高井戸駅から、あるいは東急世田谷線の下高井戸駅から、日大通りという、そのまんまやんけの商店街を通り抜けて、歩くと結構遠い。

それでも、時々大学の参考映像に使われるくらいには、綺麗である。桜上水という地名にふさわしく、桜並木の向こうに正門が見えてくる。なかでも立派なのは体育館で、実際敷地のほとんどが体育館や柔道場や剣道場で占められている。だから、図書館なんかは小さい。

芝生はいつでも綺麗に生え揃っていて、一番背の高い研究棟の足下には鯉のいる池、煉瓦敷きの通路に沿ってよく育った樅の木の木陰にはベンチ。

でも私は、7月と8月、お盆の前までの、真夏の風景しか知らない。

私が卒業した学科の正式名称は、日本大学通信教育部文理学部国文学科。長いので、以下は日大通信にする。通信教育と言うくらいだから、ほとんどレポートの郵送で事が済む。入学だってそうだ。無試験だから、書類を揃えて提出さえすればいい。

ただ、スクーリングという必須受講単位がある。授業に出なければならないのだ。けれども必ずしも東京で受ける必要はない。大阪でも神戸でも名古屋でも開講されるし、時には福井とか徳島、博多という、その気になれば始発で行けば間に合うところでも開かれる。

実際それは日大通信の売りで、地方スクーリングが多いので受講しやすいよ、しかも授業料安いよ、というので、決めたのだ。

東京に行くとしても、一回か二回だろう。どうせ一年生の間は一般教養しか取れないから、まとめてどっとスクーリング単位を倒してしまえ。

初めてのスクーリング、一年目は上野のウィークリーマンションにした。ホテルみたいに人の出入りを気にすることもない。一ヶ月の滞在になるけれど、まあ、一ヶ月くらい、どうってことないさ。大都会なんだし、足りないものがあったら買いに行けばいいし。

というのは、甘かった。

足りないものがあったら買いに行けば、というのが、まずは甘かった。

東京には、スーパーがない。

母の姉(母は双子)の夫婦が東京に住んでいて、東京にはスーパーが少ないからコンビニが儲かるのだ、という話は聞いていた。だからデパートの食料品売り場が繁盛するのだよ、という話は、聞いていた。

けれど、そんなのは話だけだと思っていた。スーパーがなければ買い物をするところがないはずである。食料品が買えないはずである。生きていけないはずである。

なのに、やっぱりスーパーはなかった。スーパーというより、食料品を売っているところがない。いや、どこかにあるのだろうが、分からない。気配がない。地図まで引っ張り出してやっと見つけても、夕方なのでなんにもない。おまけに、お盆が近くなるとほとんどのお店が休業してしまう。デパートまで休業してしまう。

知らない土地で生きていくということは、こういうことだ。知らないということは、こういうことなのだ。

人がたくさん住んでいるからといって、スーパーがたくさんあるとは限らない。

神戸みたいに、オフィスビルの隣にスーパーがあるとは限らない。京都や大阪みたいに、住宅街を包囲するかのように商店街が発達しているとは限らない。自分が住んでいる土地の常識が、どこでも通用するとは限らない。それがたとえ、日本の国内であっても。

だから、一年目で思い出すことといえば、七階の窓から半分だけ見えた隅田川の花火と、昼寝する私をスパイするように滞空していた、大きな緑色のトンボだけだ。

それなら住宅地にすればいいと、二年目からは三軒茶屋にした。

これは、正解だった。上野は、住宅地ではなかったのだ。建物はたくさん建っているけれど、そこで生活している人はそんなに多くないのだ。きっと。たぶん。

いや、そうだそうだ。都会生まれでない私は、世田谷通りを歩きながらちょっと反省する。

上野でスーパーとか食料品店とかいうのは、新興住宅地育ちの我が儘だった。大阪の中之島でスーパーを探そうとするのと同じことだ。神戸は小さいからオフィス街と住宅地が混在していて買い物しやすいけれど、東京には、神戸の十倍の人が住んでいるのだ。

いや、待てよ。

十倍の人がいるなら、やっぱりスーパーが必要なんじゃないか。

分からなくなってきたので、考えないことにした。考えたからといってスーパーが生えてくるわけではない。それに、授業も一般から専門になって、レポート提出なんかもあって、ちょっと面白くなってきていた。コンビニで資料をコピーしたりする。縮小かけたりする。切ったり張ったりする。楽しい。

私が考えるべき事は東京の買い物事情ではなくて、単位を取ることなのだ。

だから、学食のラーメンや饂飩が不味いとか、自動販売機の補充が間に合わなくてジュースのはずが薄め液しか出てこないとか、そんなことをいちいちあげつらうのはやめた。

同じウィークリーマンションにいた友達が、トマトのお裾分けをしてくれた。夏ばてで食欲がない、とぶーたれる私に、素晴らしい塩加減のお握りをくれた友達がいた。

にわか住まいには、それなりのよさがある。電熱の調理器はカレーを煮込むのには向いていないけれど、お湯は沸かせる。世田谷通りにはコンビニが多いから、そこが冷蔵庫だと思えばいい。洗濯機もあるから、タオルはたっぷり使ってたっぷり洗って、小さいけれどベランダもあるから、さっさと乾く。南の窓からは、ちゃんと風も入ってくる。

東急世田谷線の車両も可愛い。艶のある緑で、時々床が板張りの車両もある。クーラーがないのもいい。120円なのもいい。私が使っていた西太子堂という駅は小さくて、住宅地の中にぽつんとあって、これも可愛い。電車は運転手さんが一人で動かしている。運転手さんも、可愛い。

鮮やかなオレンジのユリの花、たぶんニッコウキスゲが咲き乱れる線路脇から、真夏の都会の風が流れ込んでくる。


世田谷線の車両が新しくなったとニュースで見て、半端でなくがっかりした。まあ、通勤でぎゅうぎゅう詰めの人には、クーラーなしは辛かったかも知れない。

都会は、あっという間に変わる。日大通りの端にあった台湾料理の店もなくなっていたし、三軒茶屋駅の周辺も様変わりしていた。

変わらなければ、都会ではないのかも知れない。人が流れ込み、流れ出す、それが変わらない方が、おかしいのかも知れない。

けれど、私が思い出す東京は、いつでも真夏、クーラーなしの風である。

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