私が電車やバスでほとんど座席に座らないのには、理由がある。

後ろや横に人が立つからだ。

人が立つことそのもの、が問題なのではない。

立った人が中高年以上である場合。買い物帰りである場合。

十割に近い確率で、その人は、あのスーパーの買い物袋をがさごそがさごそやるからだ。

スーパーのものでなくても、本屋だったり安い雑貨屋だったりすると、買い物袋はパリぽりパリポリ、ちょっと動かすだけで無粋な音を立てる。

買い物帰りのその人は、買い物したことを誇示したいのか、中身が崩れていないか気になるのか、とにかく、がさごそがさごそやるからだ。

あの音が我慢できないから、耳元で延々とがさごそがさごそやられたくないから、なるべく座席には座らないのだ。

私が陸上部に入らなかったのは、足が遅かったというだけではない。

いや、逆だ。遅いから、ちょっと早くなりたかった。ちょっとだけでいいから、早くなりたかった。レギュラー争いが醜いのだと言われる球技より、孤独な陸上の方がストイックだし、陸上部の雰囲気も、とても良かったのだ。

なのに、それはそれはねちっこい器楽部に入ったのは、それは、トレーニングウエアがしゃりしゃり言ったからだ。

しゃりこしゃりこしゃりこ、走るたびに、腕を振るたびに喉をかきむしられるような音を体中で立てるのが、どうしても我慢できなかったからだ。

さて。

テレビの中で戦争が始まった。

地面が破壊される、建物が崩れ落ちることを最初に私に知らせたのは、音だった。

高く弾けるような、濁りのあまりない音。空に煌めく光より、それは様々なことを物語っていた。

砕けるものは水で満たされていて、おそらくは命があり、あるいは人の手で作られたもの。

だから、その音は、貿易センタビールから落ちた人々の体が砕ける瞬間の音に、とてもよく似ていた。

家の中で、炬燵に入っていても、音は世界中からやってくる。

全ての音から、私は、逃げられない。

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