マフラー

どうして岡けんたが一番前で棺を抱えているのだろう。

あ、そうか。弟子なんだ。

岡けんたを、コンサートで見かけたことがある。KISSの大阪公演。彼は客席で、フルメイクの四人組と同じくらい目立っていた。長い首、黒縁メガネ、白い出っ歯、そして真っ黄色のマフラー。

彼は視線をじっくりと意識しながら席に着いた。大阪のお笑い番組はあまり見ないので彼もほとんど見ないのだが、いつも他とは違う、ちょっとセンスのいいことをする彼が、結構好きだった。

その師匠なのだから、棺の中のいる人も、よくは知らないが、度量の広い人なのだろう。

岡八朗と名前を変えたことも知らなかった。関西人がみんな吉本を好きなわけではない。そして、みんなが岡八朗を好きだったわけでもない。

彼を面白いと思ったことも、ほとんどない。大阪にはもう一つ松竹があって、私はどちらかといえば松竹派だった。藤山直美は大好き(松竹所属ではないが)だが、吉本の女優は知らないし、多分好きではない。

でも、岡八朗が突然サスペンスドラマに現れたときは、驚いた。そして、彼の怪しい滑舌に耳を傾けてしまった。あらゆる病に冒された頬のくぼみから、鬼の姿が垣間見えた。

それでもやはり、彼のような生き方を、芸人の是とは思わない。酒、女、身内の不幸。

自分を痛めつけて、それでも笑いを取ろうとする。

陳腐、とまではいわない。かつて三波伸介は、コメディアンの涙は血の涙だと言った。人に笑われる。笑われることで生計を立てる。男の仕事ではない、立派な仕事ではない。かつての芸人は全員がそう思っていたし、自分を卑下し続けてひねくれて、酒におぼれて命を落とすのが、いわば定番だった。

今のようにお笑い芸人の方が歌手などよりもアイドル扱いされる時代など、岡八朗には理解できないだろう。

けれど。ひねくれてもいじけても自分を傷つけても、もう、誰も笑わない。

いかりや長介は、芸人だった。しかしその前に、音楽家であり、アフリカをこよなく愛する旅行家でもあった。

彼は、インテリだった。教養のある、風格ある芸能人であり、最後には若手みんなに慕われる役者になった。

岡八朗は、いったいどうやって人を笑わせるつもりだったのか。顔を背けるしかない下品で単調なギャグや、内容のほとんどないお涙ちょうだい台詞で、どうやって芸人であり続けるつもりだったのだろう。

吉本新喜劇を退団してからの彼をほとんど知らない。亡くならなければ思い出しもしなかっただろう。

もう、どう冥福を祈ったらいいのかも分からない。

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