なし崩し

お茶の間にはテレビ、テレビの前には家具調炬燵、夏には炬燵を取り外して食卓として使えます、というのが日本の家の標準型になった頃だろう。

彼はそんなお茶の間の象徴に飛び乗り、どすどすと踊りを踊った。しかも黒いブーツを履いたままだから、土足なんである。

番組の良心としての、眼の下を黒く塗った白髪頭のお婆さん、これも男性が演じている、そのお婆さんが説教しながら踊る彼を止める、という役回りなのだが、もちろん本気で止めたりなどはしない。

もともと止めるつもりなどテレビ側にないのは分かり切っていて、だから毎回彼は最後まで踊りきった。

何の意味もない、意味のなささえ感じられない、電線音頭。仁王のように目を剥いたまま踊りきる彼を、私はよく見ていたが、ついにどこが面白いのか分からずじまいだった。

どこが面白いのかよく分からないものが、テレビに出始めた頃だった。いや、最初からテレビというのはそういうものだったのかも知れない。

よく覚えているのは、東北弁で喋るコント。東北弁だから内容そのものがよく分からないし、なんとか分かったとしても面白くも何ともない。

お医者の格好をした人が客をこきおろすコント。下ネタは子供だから分からないとしても、どうして「汚ねえ糞婆」などと言われてげらげら笑えるのか、ちっとも分からなかった。

東北弁が面白い、という感覚は、関西人の私にはない。けれど、東京の人や、その他の地方の人は、東北弁で喋っていさえすれば面白いのかも知れない、と思った。片言の日本語を話すタレントに妙な人気が出るようなものなのかな、と考えても見た。

こきおろされて喜ぶのはよく分からないが、そういうときに笑っているのは大抵少し歳のいった女の人なので、男の人に慣れていないのかな、とも思った。市場やスーパーで、店員に必要以上に媚を売るおばさんを目撃して、あれと同じなのかな、と考えても見た。

けれど、電線音頭の、あの意味のなさは理解できなかった。しかも、彼、伊東四朗は、子供に大人気なのだそうな。

私は子供だったが、やっぱりよく分からなかった。

それからしばらく、彼をあまり見なくなった。面白くはなかったが、嫌いではなかったから、彼がドラマに出てきたときはしっかり見ていた。

彼は刑事役。政治の裏を牛耳っている男を追いかけている。その男は若い綺麗な女を使って情報を盗もうとしている。若い女は当然、みんなから惚れられる。

刑事役の彼もその例には漏れなかったのだが、怖い顔なので振られてしまい、最終的には港に浮かぶ。

浮かび上がってきたときの顔が、炬燵で見得を切っていたベンジャミンと、重なり合った。

そうか。そうだったのか。私はやっと気づいた。

彼の面白さは、この「なし崩し」にあったのだ。

どう頑張っても一番にはなれない、ええいどうにでもなってしまえ、という投げやりのなし崩しが、彼の持ち味だったのだ。

てんぷくトリオでも、てんぷく兄弟でも、彼は必ず二番手だった。あれこれケチを付けるし、結構頭も切れるのだけれど、決して前面には出てこない。

いつも引いたような、冷めたような、できの良い長男の陰に隠れている、性格の悪い次男のような。

だから今、彼は戸惑っているように見えるのかも知れない。お父さんにしたい俳優に選ばれて、こそばゆい思いをしていて、それが見ているこちらにも分かって、けれどそのこそばゆさが、あの可愛らしさに繋がっているのかも知れない。

彼が、実は長男に匹敵する才能があったのだと、気づいてしまったら?

いや、そんなことはない。

ドリンク剤のコマーシャルで、雲に乗って太鼓を叩きながら歌っていた彼には、まだまだ「なし崩し」の美学を醸すだけのタレント的野心が残っている。

何故って。

そりゃあ、タフマンだから。

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