皮膚

水川あさみを初めて見たのは、薬のコマーシャルだった。ニキビや肌荒れを予防する薬で、女の子三人がブランコに乗りながらはしゃいでいる。その中で一番背が高かった、つまり足が長かったのが、彼女だった。

彼女はニキビが出来ているらしい。思われニキビ発見、と指摘され、「ニキビがあっても綺麗ですから」と言い切る。

顔は大人っぽいのに舌足らずで、実は舌足らずの喋り方は大嫌いなのだが、彼女の場合は気にならなくて、ということは私はこの顔が好きなのだなあ、と、ぐいぐいブランコを漕ぐ彼女の、鹿のように長い足を眺めていた。

それからしばらく、彼女を見かけることはなかった。ドラマに出ていたという記憶もない。コマーシャルもそれきりだった。バラエティにも出ていなかった。

デビューするアイドルと同じく、消えていくアイドルも数多いる。彼女もそんなアイドルの一人だったのかなあ、と諦めかけたとき、不満に唇をふくらませた制服姿の彼女を、見つけた。

『ロングラブレター・漂流教室』。彼女は漂流しない側の生徒だった。山田孝之演じるところの高松翔のガールフレンド役だった。

教室が学校ごと未来に飛んでしまう直前、二人はちょっと喧嘩して、山田孝之はコンビニに行くならパンを買ってきてくれ、と頼む。ところが彼女がマーガリントーストを買って戻ってくると、学校が丸ごとなくなっているのだった。

彼の好みを知っていて、わざわざ買ってきてやったのに何故いなくなるんだ、と彼女は訴える。わざわざのそれが、平べったくて袋にマーガリンがくっついてみっともない甘ったるい、けれど誰でも(四十代以上でなければだいたい)昼食や土曜の部活や深夜のコンビニで買って食べたことのあるマーガリントーストだというのが、悲しかった。

ドラマの間中、ずっと彼女は泣いているか怒っているかだった。

一重に切れ長の眼はきらりと光り、小さいが分厚いのでほとんど円形になる唇を突き出して、恋人にもなりきれなかった山田孝之のことばかり考えている。その高校は進学校だったようで、進路の心配までしていた。

いなくなってしまう友達は、時々いる。大抵は引っ越して転校してしまうのだけれど、引っ越しの理由を知らされないことがある。

一般的にはお父さんの転勤なのだが、そうでない場合もある。そうなると、引っ越してからの住所を教えてくれ、と尋ねるのもいけないような気がしてくる。

それは学校ごと消えてしまうのとは違うし、死んでしまうのとももちろん違う。けれど、もう一度会おうと思ったら、かなりの努力をしなければならない。そしてほとんどの人が、そんな努力はしない。

そうやって、二度と会わない人の数ばかりが増えていく。

そして、私が水川あさみ、と言う名前を、役柄の名前『一ノ瀬かおる』を覚えて早いテロップを巻き戻してチェックしてまで覚えるというような努力は、普通の人はしない。

忘れていく、忘れられていく名前の、何と多いことだろう。

爽健美茶のコマーシャルで、再び彼女を見つけた。白いランニングを着て、草原に寝転がっている。男の子と軽く指先だけ繋いでいる。

仰向けになって寝ているというのに、彼女の顔は平べったくなっていない。

それにああ、何と美しい鎖骨よ。

かつて、ファッションホテルが愛のホテルと呼ばれていた頃、ベッドの上に鏡が貼り付けられていたことがあった。

あの鏡は何のつもりなのか、あれで客が興奮すると思っているのだろうか、見た方は至極興ざめなのである。どんなに若くても、皮膚は重力に逆らえないから、下に垂れる。胸は横に広がり、頬も平たく広がってしまう。不細工である。

ああ私はこんな不細工な顔を恋人に見せているのか。飛び起きて逃げ出したくなる。

しかし彼女の顔の皮膚は、ぴったりと骨に貼り付いている。顎の輪郭が崩れることも、頬骨が妙に突き出すこともない。

彼女は堂々とベッドに横たわることが出来るなあ、と思って、それが失礼な想像だと気づいた時にはもう、コマーシャルはドリカムに変わっていた。

・・でもいいんだ。パンテーンのコマーシャルに、また出てくれたから。

追記。おかしいなあ。水上あさみだと思っていたのになあ。水川あさみらしい。

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