癒し系

本屋さんの店先からこっちを向いていた井川遙を見て、「松本明子が写真集出したのか、店頭に並ぶんだなあ」と思ってしまった私は、とてもファンであるとは言えない。

彼女は「癒し系」の女王なのだそうである。しかしこの、「いやしけい」というのが、歯に挟まる。関西弁では「いやし」は卑しいことをすることを意味しているのだ。

だから、暑いからといってアイスクリームを食べ過ぎてお腹を壊したり、好きだからといって人のおかずに手を出したり、散歩中だからといって拾い食いしたりすると、躾に厳しい関西のお母はんは、「いやしするんやない! 」と叫んで叱りつけ、時にはぴしぴし叩くのである。

だから、「癒し系」というと、行儀が悪くてがっついている、というイメージがどうしても先行してしまう、私は関西人である。

彼女の唇がアップになることも、必要以上に多い。確かにふっくらした綺麗な唇だが、あんなにアップにしなくたって良かろうものである。

ただ、厚い唇には、男性だけではなく女性も魅力を感じているようだ。

最近少女漫画で人気のキャラクターは、眼はもちろんくりっと丸くて大きい定番なのだが、唇がぽっちゃり分厚く、突き出し気味である。

昔は、少女漫画と言えばまずは眼で、小学生のうちからマスカラ使ってますのバチバチの眼に、どうして日本人なのにみんな金髪なんでしょうかの長い重い髪に、正面向くと消えてしまう魔球のような鼻に、カラーページでなければ色の付かない薄い唇、だった。

しかしこの頃では、まず唇が目立つ。元気で前向きで若々しいことを表現するために、眼の中に飛ぶ星よりも肉感的ぎりぎりな唇が使われる。

性の象徴であるところの唇を強調することに少女漫画家がこだわらなくなったということは、女性の性的解放が実現されたということなのか、どうかは知らないが、実際の輪郭よりもリップをはみ出し気味に塗る化粧法があるところを見ると、分厚い唇は癒し系の一つの条件ではあるらしい。

だから、ニュースステーションに彼女が出演して料理など作っていたときにも、実はさして期待はしていなかった。癒し系だから料理します、っていうのもありきたりだし、でもまあニュース番組だから仕方ないのかな、と思いつつ、渡辺アナウンサーと二人でスーパーに行き、並んでカートを押してしている姿が、なんやかんや言っても美しかったので、ぼーっと見ていた。

トマトのパスタとホタテのスープ、そしてサラダという、若々しいメニューを彼女は選び、渡辺アナウンサーがニンニクを一個全部剥いてしまったのに笑い転げながらも、手早く作っていく。いつも使っている台所とはもちろん違うだろうのに、なかなかに手際がいい。

そして、ルーから作ったスープを味見するのに、彼女は意外な行動を取った。

サラダの下ごしらえをしたのであろう小さなボールで、味見をしたのである。

向田邦子が、こんなことを書いていた。「味見をするのにお玉に直接口を付ける人を、私は信じない。」

実は恥ずかしながら私は時々やってしまうので、味見した後はこっそりお玉を洗う。料理番組でよく見るように、小皿に取ってから味見する方が、火傷もしないし上品で良いのだろうが、洗い物が増えるのが嫌なのだ。

彼女はおそらく、ドレッシングを合わせたか何かしたボールをさっと洗い、味見に使ったのだろう。撮影用のキッチンでは小皿が用意されていなかったのかも知れない。それに、小皿に取ったくらいの量では本当の味は分からない。眉間に神経を集中させ、何度も味見をする。

そして、彼女が言うにはとろみの点でちょっと失敗、というスープと、綺麗に出来たパスタにサラダ。大きなグラスに注がれた白ワインに、よく合いそうだった。

彼女の作り方には、迷いがなかった。皿がなければボールで代用する、ある種の男らしささえあった。

そうか。これなのだ。柔らかそうな唇の奥に貯えられているのは、実は行動的で迷いのない、さっぱりと口溶けのよい男らしさなのだ。

ドラマの中で、一瞬彼女の男らしさが煌めいたことがある。

お金持ちのお嬢様で、行動力や決断力には縁がなく、好きな男にずるずるぶら下がって泣いているしかない役で、味見の件以来ちょっと彼女が好きになった私は正直なところいらいらしていたのだが、その台詞で、ほっとした。

それは、明石屋さんまと待ち合わせをしていたシーンである。さんまはもちろんさんまのまんまではなく、「完三さん」と呼ばれている。

お互いに話したいが話しにくい、だから彼女は年上の完三さんに譲るために、こう言ったのだ。

「じゃ、完三さんの話から訊こうかな」

訊こうかなぁ、でも、訊こうかなーでもない。ぴしっと語尾の締まった、丸いが低音の響く、「訊こうかな」。

よし、おまえの話から訊こう。はい、先輩っ。

ついていきますっ。

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