セーター

 柔らかそうなベージュのタートルネックのセーター。たぶんカシミヤなんだろうなあ。

襟にかかる髪は、いつもくるっと巻いてる。

ああいう服が欲しい、と思うことは、あんまりない。特に、女性に対しては、ほとんど思わない。テレビの中の人たちが流行を作り上げていくのは仕事だから仕方ないとしても、環状線の駅ごとに同じストールを巻いた女性が乗ってきたりすると、うんざりする。

だから、私が真似るのは俳優。男優だ。最初に真似をしたのは、高倉健だった。

みどり濃い土手に健さんが腰掛けている。紺色のハイネック、体にぴったり張り付いている。袖の上から時計。

確かあの色のハイネックはあったはずだとタンスをひっくり返し、見つかったのはナイロンの、たぷん健さんの百分の一くらいの値段の薄いセーターだった。

けれど、学校にしていく方ではない、ベルトが太めの時計も探し出して、友達に会いに自転車に跨った。

ご機嫌な私に友人は、こう言った。

「あんた、体の割には二の腕太いな」

あのベスト綺麗だな、あのシャツ欲しいな、と思うとき、それを着ているのは8割以上の確率で、男性である。

だから、田村正和を真似て、セーターをスラックスの中に入れて、ベルトをきつめに締めてみた。紳士服専門店で買ったスラックスはハイヒールが履ける。

久し振りに会った父親は、こう言った。

「おまえ、それ、男物か女物か、どっちや・・なんや、いっつも変わった格好しとるのう」

その田村正和は、時々木村拓哉のような格好をする。

私は二の腕の割には痩せているので、木村拓哉のような胸板の厚い体型の人が着るものは似合わない。

しかし、そこはさすがに田村正和である。あの古畑任三郎のスタイルで、黒いニットの帽子を被った彼は、いつも変わらない、きっとこれからも変わらない髪型で微笑んでいた。

ヒップホップやラップが嫌いなのは、あのスタイルが嫌いだからだろう。イギリスのスタンダードロックがいつまで経っても好きなのは、あのスタイルが好きだからだろう。

北の海から直接吹き付ける、妙に湿った風の中で、暗い色のマフラーに顎を沈めている、鳶色の睫の男。

彼が見つめているのは、何だろう。沖の潮の流れだろうか。遙かに霞む、かつて憧れた街の蜃気楼だろうか。

アスファルトとフェンスとコンクリートに囲まれた、季節の風も届かないところで育った音楽に、雑木林と畑に囲まれて育った私の心は動かない。

そこから出る気もない癖に、働くつもりもない癖に、歌うことで社会は変えられると、一つ覚えの韻を踏む音楽に、私の心は動かない。

だから、彼らのだふだぶの、貧しいことを武器にするスタイルを、決して真似ようとは思わない。

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