ねるもの暖かくなってくると、練りたくなってくる。 小説の構想とか、新しい事業に向けての構想とかを練りたくなるとかいうのなら、役職に就いてるから働かなくていいサラリーマンみたいで格好よいのだが、違うのだ。 パンの生地である。 パンを作る上で一番楽しいのは、練る行程である。強力粉と水と塩とドライイーストを合わせてこねればいい。基本的にはそうなのだが、ちょっと違うのである。 ドライイーストが働くためには、ある程度の気温が必要である。25度以下だと、うまく働かない。つまり、膨らまないのである。 36度ぐらいが一番良いようなのだが、この人肌程度の温度というのが、実はとても難しいのだ。 もっと高い温度、たとえばバターを湯煎にするとかふやかしたゼラチンを溶かすとかいうときに出てくる、60度くらいなら、沸騰した湯に計量カップを浮かべたりすれば作れる。 もっともっと高い温度、オーブンの200度とか、油の180度とかなら、指で触って確かめることはできないが、オーブンのサーモスタットや、入れた種の浮き上がってくる様子などで確かめることができる。 逆に低い温度は、あまり具体的な数字は出てこない。流水で冷やす、とか、氷を当てて冷やす、とか、冷蔵庫に入れる、とか、冷凍庫で冷やす、とか。夏の定番和菓子の一つ、白玉団子は、流水で冷やすと、ぷるりと旨い。 だが、人肌というのは難しい。だいたい人肌くらい、というのは、触ってみて熱いのか、冷たいのか、それとも何とも思わないくらいの熱さなのか。 だからといって、私は鶏ではないので自分で暖めるわけにもいかない。 湯煎すると、生地に湯気が垂れ落ちてしまってねとねとする。炬燵に入れるというのもあるらしいが、なーんか嫌だ。 そうやって悩んでいるうちに、いつの間にか冷めるか熱くなり過ぎるかしてしまう。 悩んでいると、テレビの料理番組で面白い方法を見つけた。湯を張った鍋の上に揚げ物のバットに使う網を敷いて、その上に生地の入ったボールを置く、というやり方である。 そうやってみた。けれど、やっぱりなかなかうまく膨らまない。 こねれば手の熱で暖かくなるだろう、とこねているうちに、思い当たった。 ドライイーストの袋はアルミホイルで、10グラムずつの小分けになっていて、それでも一度に全部使うわけではないから、しっかり口を折ってセロテープで留めて、冷凍庫に保管しておく。 そういえば、開けたてのドライイーストならそんなにあれこれ策を労さなくても膨らむのに、冷凍庫から出してきた時には、人をさんざん待たせる。 考えてみれば、ドアポケットとはいえ氷点下の中、しかも冷えやすいアルミの中に入っていた物に、すぐさま人肌になれと言っても、無理な話だ。 冷凍庫の中がマイナス18度として、人肌までは50度以上の差がある。 地球上で言えば、真冬のモスクワから真夏の大阪まで移動するようなものである。 ドライイーストは、生地に混ぜる前にまず、ぬるま湯に入れてゆっくり起こして、それから混ぜ入れることにしよう。 ああ。だけど、ぬるま湯を作るのもこれまた、簡単なようで、難しい。 |
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