ぬるもの


二十歳になるちょっと前、小学校卒業以来に会った友人は、こんな風に言った。

全然変わってないなあ。遠くからでも一目で分かった。

25になって、高校の時の友人にこんな風に言われた。

変わらんなあ、顔といいその喋り方といい。

そしてつい最近。十年前に初めて会った人に、久しぶりに会うことがあった。

しかし、あなたはちっとも変わらないねえ。何だか、見るたびに若くなっていくみたいだね。

人々の証言を全て正しいとすると、私は小学校を卒業してから四十を前にした現在まで、少しも変わっていないことになる。

確かに、年相応ではない。だが、最近の三十代はみんなこんなものだ。栄養だけはたっぷり行き渡っているから、妙にてらてらと艶がある。苦労も大してしていないから、余分な皺もない。

しかし。やはり、四十路は四十路である。永遠の童顔の私の髪にも、白いものが混じり始めた。

白髪は頭の前に集中している。前頭葉のてっぺんから生えてきている感じだ。頭を使うからここに白髪が集中するのかな、と友人に言ったら、そこは人間の狂暴性を司るところだ、と言われた。

ともかく、童顔に白髪は似合わない。けれど、子供の時に読んだ本に、白髪染めのせいで皮膚が破れて枕カバーがびしょびしょになる、というのがあったので、市販の白髪染めは恐かった。

今はそんなことはないのだろうが、マニキュアを隣で塗られただけで頭が痛くなるのは変わらないので、やっぱりきついのは使えそうになかった。

そんな時、最近気に入って通いつめている雑貨店で、面白そうなものを見つけた。

ハーブの毛染め剤である。

ヘナ、という、インドやエジプトで古くから用いられてきた。生薬の一つであるが、毛染めにも使えるらしい。ヘナ百%のものと、他のハーブが入っているものがある。ラタンジット、リタ、シカカイ、アムラ、チャンダン、バヘダ、ハラド、カッチャ、ブラハミ、マハバンラジ。呪文のようだ。他のハーブ入りの方が黒く染まると言うので、それを選んでみた。

ビニール袋にたっぷりと詰まっている毛染め剤は、見たところ粉っぽい。袋を開けてみると、ふわっと薫ったのは、蓬の香りだった。

なるほど、へナは蓬の親戚だったのか。勝手に決めた。コップにひとつかみヘナを入れ、やや熱めのお湯を加えて歯ブラシで練っていく。垂れ落ちない程度の固さに調節する。30分くらい待つ。

そして、たっぷりと、気になる部分に塗るのだ。

うつむいて分け目を押さえると、10本以上が白くなっている。私の髪は太くて硬く、しかも前頭部は根元からぐいっと立ち上がっているので、よけいに目立つのだ。濃い緑のペーストを、思いきってたっぷり。

皮膚が、ひんやりとする。水を加えると蓬の香りはさらに瑞々しく蘇り、洗面所に充満した。

ちょっとした草餅気分である。分け目を少しずつずらしながら、根元から塗っていく。塗る、というより、固めていく。

塗り終わると、七三分けになっていた。うーん、死ぬ程恰好悪い。

けれど、これからがもっと恰好悪いのだ。

シャワーキャップをすっぽりかぶって、一時間。タオルでくるんで、ドライヤーをかけるとキューティクルが開いて、さらに綺麗に染まるのだという。

かけてみた。蒸れて暑い。私は冷え性知らずの温熱体質なので、放っておいても熱いのだった。のぼせそうなので、すぐ止める。

テレビなど見つつ一時間。入浴だ。ざっと流すと、茶色に変わったヘナが風呂場の床を染めていく。シャンプーの泡も紅茶色になった。

塗ったところの髪だけが、指の間でしっとりと柔らかい。そういえば、白髪のない人もトリートメントとして使える、とあった。今度から、全体に塗ろう。そう決心して、湯舟に漬かる。 

湯上がりに鏡に映した髪は、染まっているようには見えなかった。色が落ち着くのは2,3日後だという。

そして、2,3日後。

白髪は、紅茶の色に染まった。色が一様でないのが、却って自然だ。白髪だけでなく、黒い髪も染まった。いや、染まったというより、艶が出た。

ためつすがめつして、気がついた。 

私は、髪を染めて見たかったのだ。

科学物質を塗り付けてまで髪の色を変える必要はない。毛染め剤で荒れた髪なんて美しくない。あんな色の髪に合わせる化粧なんて、考えるだけで嫌だ。

けれど、やっぱり興味はあったのだ。

パーマ液で火傷をした経験も、化粧品でかぶれた経験もある癖に、やはり奇妙な色の髪に、興味はあったのだ。

髪を染める行為というのは、シャンプーや化粧より手間は掛かるが、パーマをかけるように人の手は煩わせず、かといって人に見られたいものではない。

それでも、少し前に見た韓国の映画で印象に残ったシーンは、主人公の女性が髪を染めるシーンだった。ゴム手袋をはめ、毛染め剤をたっぷり塗った髪を束ねて、アルミホイルで巻いていく。

楽しげであり、けれどどこやら悲しげでもあり。

もしそれが、男性が染めている姿だったら、どうだったろう。印象に残るどころか、目を背けていたかも知れない。ずいぶん昔だが、教師役をやらせたら多分日本一の歌手が、長い髪をリンスするシーンが評判になったことがある。もちろん、悪い意味で、である。

ただ、かぶれたり荒れたりするのも、もう二度と嫌だった。天然素材は地肌や髪に優しくはあるが、染まり方は穏やかで、しかも色の予想はつかない。 

それでもいい。コーヒーや紅茶、ヨーグルトも混ぜて試してみよう。

どんな色になるだろう。


追記。ヘナは、3種類あるようです。ヘナ百%とハーブ入りと大青入り。大青入りが一番黒くなるようです。少しずつ使い方も違うので、説明書をよくお読み下さい。

出がらしの紅茶で作ると香りも良くてよろしいのですが、インスタントコーヒーは失敗でした。

さらに追記。大青は木藍入りに変わるようです。アムラ入りもあるとか。

私はヘナ百%とハーブ入りを使っています。出がらしの紅茶を煮立てて、熱いうちに溶いて粘りを出し、しばらく冷ましてから塗ると、綺麗に染まります。

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