きくもの


握り拳二つ分、きいたものがある。

ダンベル体操である。

運動不足なのは、言われなくも分かっている。体重が増えているのも、計らなくても知っている。ウエストが大きくなっているのも、黙っているけれど自覚している。

だからといって、どうということはない。最近は酒量も減ったし、脂っこい物も昔ほどは食べなくなったし、摂取カロリーは減っているはずなのだ。いきなり運動を始める気にもなれない。そういう下心ありのスポーツは、スポーツに対する冒涜だと思う。

だが、ジーンズのファスナーが自然に下がるようになって、さすがに考え込んだ。

一日10分で、という本を買った。10分で何とかなるなら、2分くらいでも多少は何かあるかも知れない。

本は、まずは部分的にどうにかしてみよう、それから全身いってみよう、というように編集されている。腕、足、腰・・・その他いろいろ。

その中で、かなり笑えるのがあった。まず、椅子に右足を乗せる。足を真横に開いて、どん、と思い切って乗せる。

つまり、海のマドロスさんスタイルである。マドロスさんが何か知らない人はお父さんお母さんに聞いて欲しい。

マドロスさんは白い帽子をかぶってパイプをくわえているが、帽子は必要ないしパイプはくわえない方がいいと思う。とにかく、ご覧よカモメが鳴いてるぜ、と苦み走った声で言えるように、しっかり椅子に足を乗せる。

だが、そのまま乗せた足に肘をついてポーズを決めてしまっては体操にならない。ここからは、変形マドロス姿勢に入る。

右の足を、左足と直角にする。左足のつま先は、まっすぐ前に。そして右側の腕の肘を曲げる。膝には付けない。上半身は起こしておかなければならない。で、手は頭の後ろに添えることになる。左手には、ダンベルを一つ。だから左腕の肘は自然に伸びるはずである。

しっかりと前を見据えた、少年よ大志を抱け風マドロス姿勢。

その姿勢がしっかり固定されているか、確認。足は滑らないか、椅子は動かないか。特に椅子が動くと危ないので、再度確認。

そして、腰を動かさないようにして上半身だけ、ゆっくり、と右に倒す。次は左に。ゆっくり、息を吐きながら。背筋は伸ばして。左右で一回。八回以上。

それができたら、今度は足を変えて、最初から。八回以上。

・・・できたものではない。きつい。ただ変形マドロス姿勢を取って止まっているだけできついのに、上半身だけ傾けろなんて。

しかも、傾けようにも、腰と脇にたっぷりと溜まった肉が邪魔をして、傾かないのである。写真の女性は90度くらい傾いているのに、私は45度も傾けると贅肉の波がせき止めてしまう。

悲しい。あんまりにも悲しい。けれど八回といわれて三回くらいで止めるはもっと悲しいので、五回にしておいた。意地があるので足も変えた。すると、左足を乗せた時の方がちょっと楽だった。けれど五回にしておいた。

その夜は、かつて経験したことのない妙な痛みが、一晩中腰のあたりを彷徨っていた。痛いけれど、不快ではないのだ。見えない手がきゅっ、と腰骨を掴んでいるような。

そして次の日の朝。ちょうどそのあたりに、握り拳一つずつ、つまり合計で二つ分の窪みができていることを、発見した。


私のように真横に増えた場合、しかもかなりの運動不足であった場合、変形マドロス姿勢には高い効果がありそうだ。

ただし、極端に運動不足だったり体力が落ちていたりすると筋肉を痛めるだろうし、椅子が不安定だと危ない。

だから、最初はダンベルなしで、三回くらいから始めてもいいと思う。十分に体の筋をのばした上で。

握り拳二つ分でも、その窪みが与えてくれる幸せは、決して小さくない。

参考文献「1日10分きれいにやせる・ダンベルフィットネス」

指導・監修/今西鴻絵/小学館


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