困ったときの


1行め 茄子を切る。縦半分に切って、縦に切り目を三本か四本入れる。扇形に切るわけですな。

2行め 切れ目にチーズを挟んでいく。どんなチーズでもいい。固くなってしまった奴でもいい。

3行め フライパンで焼いて、チーズが溶けたら、できあがり。

どうも私は茄子が好きなようだ。身体を冷やすからかな。体を温める唐辛子なんかが苦手なところをみると、温熱体質で、つまりは無駄に身体が暖かいので、胡瓜だのトマトだの、冷やす野菜が好きなのかも知れない。

母もそうだが、父もチーズが好きだった。チーズは冷やすかな。よく分からない。

父は、トーストにチーズを乗せるのが好きだった。とろっとしたのがおいしいと、二枚くらいぺろりと食べていた。そういえば、チーズケーキも好きだった。

母も、よくピザトーストを食べていた。

今は違うらしいが、昔は学校に歯科検診が来て、虫歯があると直ちに治療しなければならなかった。近所にあった歯医者は評判の歯医者で、患者である子供のみならず付き添いの親まで脅すような口調だった。少しでも痛いと言うと「こんなくらい我慢できないでどうする」と、それはそれは偉そうだった。

そういう医者、いや、医者だけでなくそういう口の利き方をする人をすべからく大嫌いな母は、 わざわざ一時間近く電車に乗って、私を歯医者に連れて行った。

その歯医者のある駅はちょっと変わっていて、北側が高架道路にぴっちりふさがれているので、幅の狭い階段をぐんぐんと昇らなければならなかった。

階段を昇るときには、右手は高架道路、左手は線路の高架。見上げると空は結構広くて、街路樹のさきっぽが風に揺れているのが、すぐ側に感じられた。

その階段の踊り場にはドアがついていて、そのまま喫茶店に入れた。つまり、線路の高架の横腹を刳り抜いた中に店舗がある格好で、二階からでも一階からでも入れるようになっているのだった。

店の南側は大きな窓になっていて、天井も高く、明るかった。

治療が終わった後、私たちは必ずピザトーストを食べた。デザートには苺のパフェを頼む。

ここのお店は正直だ。見本のパフェよりも苺が大きくてたくさん乗っているもの。

本当に苺は転がり落ちんばかりに大量に乗っていて、二人で分けても十分だった。

ピザトーストにはコーヒーもついていて、思い切り厚く切ったトーストの上では、薄く切った胡瓜とトマトが、チーズと一緒に少し焼かれていた。

伸びるチーズを吸い込むと、治療したばかりの歯の匂いと混じる。けれど、パフェを食べる頃にはそれも落ち着いて、高い窓から入り込む駅の南側の風景をぼんやり眺めながら、よく話す母の声を、これまたぼんやり聴いていた。

そんな喫茶店はどんな街にでもあると思っていたが、そうでもないということを大人になってから知った。分厚いパンや美味しいドレッシング、ちゃんとしたコーヒーに背の高い明るい窓というのは、わりに貴重だということを最近になって知った。

狭い階段から望める広い空からは、昇ったばかりの満月が美しいということも、つい最近知った。

その喫茶店はなくなってしまったけれど、この街は、どこにでもありそうで実はそうはない街だということも、最近になって知った。

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