混ぜないで


1行め ご飯を炊く。ビビンバ丼のもとがあればそれでいいし、なければ茹でたモヤシを煎り胡麻やすりニンニクで和えておく。肉もあれば適当に好きな味を付けて焼いておく。

2行め ご飯が炊けたら、丼に盛って、海苔を敷く。ビビンバ丼のもとかモヤシを敷き、肉を並べ、目玉焼きを乗せる。

3行め 混ぜないで食べる。

ビビンバ丼のもと、でなくてもいい。混ぜご飯のもとでもいい。炊き込みご飯のもとは、使ったことがないのでよく分からない。箱の裏に書いてある説明をよく読んで、お肉が入っているものにすれば、だしが出て美味しい。

何とかの「もと」は、大抵とても塩辛いので、他のものは最小限の塩加減でいい。野菜はモヤシが美味しいが、ホウレンソウや人参もいける。目玉焼きは好みにもよるけれど、新鮮ならば、ぜひ半熟で。

混ぜる、という意味のbibimの名詞形がbibimで、ビビム、と読む。ご飯がbamでパム、だから、混ぜご飯丼はbibimbamでビビンバになる。

だから、混ぜないとビビンバにはならない。だから私が食べると、混ぜないご飯、と言う意味のxanで、アンビビンバ、になるわけだ。アンビリーバブルではない。

まあ、韓国の方からすれば、混ぜないビビンバなんて信じられない意味がない、なのだろう。

でも、私はどうしても混ぜて食べることが出来ない。

綺麗に野菜やお肉、こんもり目玉焼きまで並んでいるのに、ぐちゃぐちゃ混ぜるのが申し訳ない。焼き肉屋さんで出てきても、誰かが混ぜてしまったものは、食べられない。

混ぜるのにはふつう匙を使うが、匙も器も、すっかりと汚れてしまう。半熟の卵なんて、落ちにくいんだろうなあ。持つところの半分ぐらいにまでべっとり汁の付いた匙は使う気になれないし、いまさら箸ではバラバラこぼれて、食べにくい。

母がよく言っていた。宮様はお箸の先一センチ以下しか汚さないのよ。そうやって綺麗に食べることが、食べ物に対する礼儀なのよ。

当然だが私は宮様ではないので、一センチ以下というのは無理だ。だとしても、やっぱり箸が長々と汚れているのは見目のいいものではない。食べ終わったとき、指に当たるほど汚れている箸と、先っちょがちょっと湿っているだけの箸。どちらが美しいか。

端を使うから箸なのだとも、母は言った。汚さないように気をつけて食べれば、自然と行儀も良くなるのだとも。

だから、私は混ぜない。いや、混ぜないといっても、モヤシとお肉を一緒に食べたり、海苔と卵と絡めたり、くらいのことはするのだ。

こっちの方が繊細だとか行儀がいいとかいう気はない。行儀はその国によって違う。日本では器を持ち上げないで食べると犬食いと嫌うが、韓国では持ち上げると卑しいと言われる。日本ではラーメンにはすりにんにくがつくが、韓国ではタクアンが付く。

食べるということに於いて、何よりも肝腎なことは、美味しく食べることである。全く同じものを食べても、美味しい楽しい食べやすいと思って食べるのと、悲しい辛い食べにくいと思って食べるのでは、全く吸収率が違うのだそうな。

だから私は、混ぜない。お肉の煮汁やモヤシの水分がご飯にしみないように海苔を敷いて、箸の端に乗っけて、ぱくぱく食べる。

おまけ。干し椎茸は冷蔵庫で1時間、使う大きさに切ってから冷蔵庫で三十分。今までの椎茸は何だったの、という美味しさです。byためしてガッテン。

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