暖簾に腕押し

はじめまして。

私は無冠の帝王です。

ははあ。と、ぴんと来られた方もおられるでしょう。

そうです。出版社の新人賞に何度応募しても、最終候補の手前か、その前、あるいはその前の前で落っこちてしまう、そういう意味での、無冠なのです。

そういうことを10年ほどやってきて、そうこうするうちに小説の新人賞が減っていき、あるいは小説誌そのものがなくなっていき、出版業界は冬どころかツンドラ状態です。

それでも賞に応募し続ければ、いつかは入選する、のかもしれない。順番が回ってくる、のかもしれない。

でも、そんな順番を待っていて、何の意味があるのかなあ、と、ふと思ったのです。

出版社にもバブルな時期があって、一つの賞に何千万円も掛けることがあったのだそうです。そして新人賞の次には何か文学賞を取らなければ盛り上がりません。で、賞の取れそうなテーマを選んで、書かせる。

小説を書くことも一つの経済活動です。商業主義とまではいかなくても、やっぱりそこそこ売りに出さなければいけない。売れているのだという事実も作り上げなければいけない。

でも、なんか、そんなのもなー、と、サイトを作りながら、思ったのです。

負け惜しみ。そうかも知れません。なんだかんだ言って、小説はそこそこ候補には残るし、雑誌なんかへの投稿は滅多にしないけれど、すれば掲載されるので、天狗になっているのかも知れない。

うーん。まさにそうかも。

友人は、雑誌に載った私の文章を読んで、まるで喋っているのを聞いているようだった、と言いました。他の友人には、いくつかある文章の中から、私の文章を当てられたこともある。

あんたのその底知れない自信はいったいどこから来るのだ、と別の友人は言います。何の根拠も後ろ盾も親の遺産すらもあるわけではない(当たってるけど、指摘されると腹立つな)、なのに、どうしていつもそう自信満々なのか。

自分でも、よく分かりません。

でも、確かに一つ言えることは、私の文章を面白がって読む人が、少なくないこと。私は、結構面白い人間であるらしい、ということ。

私は私の中では最も平凡ですが、他人にとってはそうではない、ということであるらしい。

前置き、長かったですねえ。

伊達に10年も書いてはいませんで、あれこれ風合いの違った原稿がたまっております。これから書いていくつもりなのもあるし。

大きく分けて、時代物と現代物になります。時代物は主に江戸時代、というより、ほとんど江戸時代だけです。何故って、ぼけーっとした江戸時代が大好きだから。

小説も時代物、しかも長編ですので、導入部をお読み頂き、もし気に入っていただけましたらお買いあげいただいて続きを読んで頂く、ということになっております。導入部のみでも十分お楽しみ頂けます。

只今小説は長編時代小説が入っております。長澤蘆雪の「酔鯉伝」。短編も近々登場予定です。さらに、コラムも新登場。こちらもサンプルあります。

詳しいお話は本間でいたしましょう。

他に、近世の人物評は客間です。人物別になっております。

江戸時代の画家や俳諧師について、大宮流にあれこれ書いています。スティーブン・キングと俳諧師の共通点なんてのも。

現代物は、小説は実はそんなに得意じゃない。今のところ、随筆や論評が中心です。開かずの間にあるのが現代物のコラムです。

で、最近気に入っている手法。江戸と現代が混ざっている、というのもあります。導入部は現代で落ちが江戸になってたり、その逆だったり。無料のメールマガジンで連載中のバックナンバーです。

つまりは近世と現代のブレンドタイプ。ある時はバニラアイスのたっぷり乗った宇治金時。またある時はお箸でいただく気取らないイタリアン。一番のおすすめかも。納戸を覗いてみてください。

勝手口にはリンク、雪隠にこっそりプロフィール、にはアンケートを入れてみました。

ふりーずプリーズ

大宮のエッセイは、すべてこちらに引っ越しました。

コチュコチュ・ハングル

勢い余って韓国語のサイトも作ってしまったのです。PDFによるテキストの販売まであります。

これで更新の頻度が上がる、のでしょうか。どうかなあ。

では、ごゆっくり。

おしながきへ。



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