正月。

正月といえばふと思い出す、友人の言葉があります。

「お正月って、お正月の匂いするなあ」

それはおせち料理やお雑煮の匂いや、晴れ着の虫除け薬の匂いなのかと思ったら、違うのでした。

「道路が、なんかこう、いつもと違う匂いがすると思わへん?」

道路はアスファルトで、いつもと同じ冬の匂いだと言いそうになりましたが、違いが分からないと認めてしまうのも悔しいので、ちょっと長めに息を吸い込んでみました。

学校が休みになるお正月の道路には、学生が運んでくる学校の匂いがありません。その替わりにうっすらと積もっているのは、車の排気ガスの匂い。

「そう、それやわ。余所から人が来るから」

私の子供時代にはまだ各家庭に車一台ということはなくて、遠くから訪れる親戚を乗せた自家用車やタクシーの匂いは珍しいものでした。

今よりも窒素酸化物や鉛の多い排気ガスの匂いはアスファルトにも染みついて、確かに、正月らしい匂いを立てていました。

しん。

おせち料理というのはデパートが作ったもので、あんな豪華なものを家庭で作ることはほとんどなかったのだそうです。

お雑煮を食べる家庭も減ったでしょうし、初詣よりもデパートの福袋が目当ての人もいるでしょう。

昔は良かったと言うのは嫌いですが、正月の過ごし方は、確かに、どこでもだいたい同じ、画一化してきています。

それでもやはり、正月というのはクリスマスに比べたら地味で、静かです。お正月の飾り付けはあまりぴかぴかしませんし、関西の門松は斜め切りですが、関東は横切りだし、葉牡丹の大きさも違います。

クリスマスの喧噪の中より、むしろ静けさの中に日本らしさがある、とか言うのも、おっさん臭くて嫌いですが、やっぱり正月の方がほっとします。

暮れ。

一日が暮れるように、年も暮れます。何事にも終わりがあります。

そして一日の始まりに太陽が昇るように、また、新しい年が始まります。

好む好まざるに関わらず、新しくなります。

だって地球は回っているのですから。

天地はひっくり返ったりはしません。ひっくり返った天地を見ることはできません。どんなにひどいことが起こっても、何もかもが消えて失せることはありません。

そこにかつてそれがあった、ということが、消えることはありません。

神戸が消えなかったように、イラクもイランも、消えたりはしません。

そこに人が住んでいて、暮らしがあって、そしてその人々のことを心に掛けている人が世界中にいるという、この世が続く限り存在する事実を、どんな悪意も退けることはできません。

どの国でも、日は暮れます。そして、日は昇ります。

  煎りつけて 砂路あつし 原の馬        史邦

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 いかがでしたか。よいお年を。そしてまた来年もよろしく。

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