外国。

外国というものがこの世にあるのだときちんと認識できたのは、さて、いつのことでしょうか。

私は、転校というものを一度もしたことがありません。けれど、転校生を迎えることは数限りなくありました。

典型的なベットタウンの小学校には、なだれ込むように転校生がやってきました。新設校を建てても建てても追いつかない、生徒はあふれ出し校庭を埋め、校舎の三分の一がプレハブだというのも当たり前でした。

ほとんどの転校生がすぐ隣の大都市からやってきていました。

けれど時々、もっと東の方、東の都からの転校生もいました。

彼らはすぐにいなくなってしまったり、自然と溶け込んでいったりしました。

そして、彼らが話す言葉は、共通語。

言葉そのものははっきりしていて聞き取りやすいのですが、アクセントの違いが大きくて、聞き間違えることもありました。

でも、実際に一番苦労したのは、いきなり大量の関西弁に取り囲まれた、転校生自身だったと思います。

来た人。

彼らは、やってきた場所が遠ければ遠いほど、期待を持って迎えられます。ベッドタウンは田舎町ですから、都会の学校でのちょっとスリリングな出来事、たとえば、隣の学校との集団での喧嘩の話、都会の子なら誰でも持っている高価なキャラクターグッズ、色が変わる不思議な鉛筆の話を、しばらくはみんな面白がって聞きました。

けれど、転校生は多いときには月に二人来ましたから、彼らはすぐに転校生を迎える側の立場になりました。たとえまだ関西弁を上手く話せなくても、運動場から一番近いトイレの場所や理科準備室の入り口を尋ねられたら、ちゃんと答えられなければならない。

それを、転校することの多かった、ある男の子がよく心得ていて、誰よりも早く教室やトイレの位置関係を覚えて、転校生に丁寧に教えていました。

そんな彼を見ていると、転校がとても意味のある事に思えて、何だか無性に転校したくなったことを覚えています。

校舎。

3階建て4階建ての鉄筋が、学校以外にほとんどなかった時代に、小学校を押し出されるようにして卒業した私は、高層のマンションに住んでいます。

そして、かつて転校生がやってきた街に住み、憧れだった長く連なる山影を毎日眺めて暮らしています。

転校をせずに済んだことは、私にとって良い方に転んだのか、悪い方に転んだのか。

友人のほとんどが元転校生であることを考えると、待っていれば友達が向こうからやってきてくれることは、とても幸せなことだったのだと、小学校の近くを通るたび、思います。

  君見よや 我手いるゝぞ 茎の桶        嵐雪

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いかがでしたか。炬燵出そうか出すまいか。

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