十四。

去年は平成十四年でした。今年はもちろん十五年。

江戸時代の年号は十五年も続いたらいい方でした。大きな飢饉や火事などの災害があると、年号が変わってしまったからです。

ですから、元禄というのはいい時代だったのでしょう。

戦国時代が終わり、世の中が安定し始めてから五十年ほど。戦争を知らない世代が、ぼちぼちと育ち始めます。

昭和元禄という言葉があったほど、元禄時代は平和な時代でした。

それなら、昭和はそれほどにいい時代だったのか。

もちろん、昭和の十年代は、もっとも暗い時代です。そして戦後の二十年代などは、歴史の空白時代だと言ってもいい。占領下の日本人には自治権はなく、戦時中よりもむしろ生活は苦しくなりました。

そんな事実を、けれども教科書はあまり教えてくれません。その時代に生きた人々の口も重い。

昭和十四年から三十年頃までの歴史の中に、実は日本の真実が隠されているのだと思うのは、私だけではないと思います。

平安。

江戸時代の絵画をよく見ると、平安、と書かれていることが、よくあります。

あまり意識されないことですが、東洋の絵画には題名は付きません。代わりに、作者の名前や判子がはっきりと左下に記されます。それらを、落款と言います。

落款の中には制作日時が記されることもあって、その時に用いられるのが平安、という言葉です。

二十世紀を生きる私たちにとって平安と言えばあの平安時代で、十二単を着た貴族の女性が優雅に歌を詠んでいたりなんかするのですが、江戸時代の人々にとっては、今あるその時代こそが平安でした。

もっとも、ただ平安の日々を安穏と過ごしていたわけではないでしょう。飢饉もあれば物価の高騰もある。台風も来れば売り惜しみ買い惜しみもある。

当時世界一の人口を抱えていた江戸が、生き馬の目を抜くと言われたのは、全くの平安な土地ではなかったからでしょう。

それでも、四百年近くの時を経て、平安という言葉の記された絵画が燃え残ったことを、私はやはり奇跡だと思うのです。

今ある、この時こそが平安である、平安であれという、祈りすら感じら れるのです。

平壌。

堰を切ったように、マスコミが北朝鮮の現代を報道し続けています。

けれど、彼らが愚かだと、どうして日本人の私たちが言えるのでしょう。

つい六十年ほど前に、竹槍で戦闘機を落とそうとしていた国の国民が、何故彼らを笑えるのでしょうか。いや、大学生が飛行機を乗っ取ってまで憧れた国を、何故笑えるのでしょうか。

真面目な中小企業は潰されて、何もしない大きな会社ばかりが借金の棒引きをして貰える、不良債権があるからと税金も払わない銀行は税金を投入されてまた新たに不良債権を出し続ける、そんな事を続けている国に住んでいて、いったいどこの国を笑えるというのでしょうか。

それとも、平ら、という名前のついた街で、どれほどの人々がまた凍り付いた大地に倒れていくのか、想像するのが辛いから、虚勢を張り続ける彼らを嘲笑するのでしょうか。

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いかがでしたか。

滑り込みセーフの、あけましておめでとうございます。

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