七。

七といえば、七五三。子供のお祝い。

日本には子供のお祝いがとても多くて、七五三の前にもお宮参りやらお食い初めやら、雛祭りやら端午の節句やら、なんだかんだでずっとイベントです。

そんな大忙しの子供に関する言葉に、「七つまでは神のうち」というのがあります。

子供は神様のように大事にしなければならないの、とか子供は天使のように純粋なのよ、という意味ではありません。まだ子供は人間になりきっていないので、すぐに神様に戻ってしまう、つまり成仏してしまう、という意味です。

日本は現在、子供が死なない国です。五歳までに死んでしまう子供の数は、千に対して五。世界でも最も低い水準です。

しかし江戸時代ではそうもいかなかったでしょう。流行病もあれば天災もある。おそらく、その時代の他の国の大都市と比較すれば、死亡率は低かったでしょうが、さすがに現代ほどではなかったでしょう。

ですから、長澤蘆雪(ろせつ)のように、子供が四人いても全員小さいうちに亡くなってしまったり、上田秋成のように、いずれ養子にしたいと思うほど可愛がっていた幼児が死んでしまって、絶望のあまり医者も辞めてしまった、ということも、そんなに珍しいことではなかったでしょう。

それでも。

しかし、珍しくなかったからといって納得できるものではありません。

それに、子供が丈夫に育つ場合もあります。内藤丈草(じょうそう)には八人の異腹の兄弟がいました。いったん育ってしまうと、長生きです。

葛飾北斎が九十を生きたのは有名ですし、伊藤若冲も八十を過ぎてもぴんぴんしていました。

どうして自分の子供だけ、死んでしまったのだろう。

上島鬼貫(おにつら)は、まさに食べたいくらい可愛がっていた息子を亡くした次の歳、「この秋は 膝に子のない 月見かな」と詠みました。

蘆雪の画には、背中を見せて駆け去っていく子供の姿が、鏡を合わせた無限回廊のように連なっていきます。

子供も、死にたくて死んだわけではないだろう。小さな体で病と戦ってさぞかし辛かったことだろう。

けれど、やはり恨み事が口をついて出てしまう。

どうして生きていてくれなかったのか。

その悲しみは、母親より父親の方が深いように、思います。女性は子供の心臓の音を体の中で聞き続け、同時期に生きながらも、どこかに子供が早世するだろうという予感を抱えています。

けれど、子供が生まれ落ちてきて初めて父親になった男は、納得できない。どうして自分から子供を奪っていくのだ。

どうしてだ。

意志。

けれど、やはりほとんどの場合、子供は自分で死を選ぶことはありません。七つまで神のうちというのは、その意味もあるかも知れない。自分が生きているという実感がまだ持てないから、死ぬ意志もない。

その逆は、必ずしも真ではありません。生きているという実感があるから死ぬ意志がある。違いますね。

まだ神のうち、親がいなければ生活できない子供を残して、自分の意志を貫く人々が、三年連続で一万人を超えたといいます。

彼が残すのは保険金。それで家族は生きていけます。葬儀の席で、「お父さんは立派な人でしたと子供達にも言い聞かせます」と、子供を抱きしめながら泣き崩れる女性。

彼女は、本当にそう思っているのでしょうか。

子供の成長を見届けることなく、子供を捨てて逝ってしまった、しかも自らの意志でそうした人を、父として夫として立派だと思い、あなたもそういうお父さんになりなさいね、家族を守りなさいねと、子供に言い聞かせるのでしょうか。

誰が、お父さんを、そこまで追いつめたのでしょう。

それとも、そうやって追いつめていくのが、誰かを犠牲にしてでも存続させて行くのが、家族のあるべき姿なのでしょうか。

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いかがでしたか。「お父さん」に対して世の中は酷すぎる。

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