五。

五といえば、野口五郎。あ、歳がばれてしまいます。

五反田は、そこに五反の田圃があったから。世田谷や田町、三田と、東京には意外に「田」の付いた地名が多くあります。

関西に来ると、それは難読地名となります。四条畷。しじょうなわて、と読みます。「田」は付いていますが複雑化してますね。

その近辺には、関西地方では有名な放出。「はなてん」と読みます。

吹田はふきたのはずなのに「すいた」だし、十三はじゅうさんではなくて「じゅうそう」と読みます。喜連瓜破、に至ると、もう掟破りの訓読み で、「きれうりわり」となります。

滝と温泉と猿で有名な箕面は「みのお」。大阪の隣の兵庫県川西市には雲雀丘花屋敷、なんてのもありますね。ひばりがおかはなやしき、これは ビバリーヒルズをもじったらしい。

宝塚には売布神社、「めふじんじゃ」。お米が不作の時に備えて機を織って布を作りなさい、と教えてくれた女神様が奉られています。その隣には清荒神、「きよしこうじん」、竈の神様です。中山寺という安産の神様もいて、宝塚は歌劇団も含めると女性関連が多い。

だから、鴻池や住道は「こうのいけ」「すみのどう」と、さっと読めてしまったりします。

けれど、新しい街区にはそういう楽しい読み方が少ない。神戸市の中央区は、昔は生田と葺合に分かれていました。「いくた」「ふきあい」と読みます。中央区、なんて、どこにでもある区名。つまんない。

しかも、垂水区の人口が増えて二つに分かれたのですが、それがまた芸のない、西区。もうちょっと色気のある名前はなかったんですかね。

田。

「田」と言う文字には、正確に区切られた土地、の意味があります。田という文字が付けば、昔そこは田園地帯、稲作をして暮らす人々がいた、ということになります。ですから、近畿の「畿」という文字には田が入っているのです。

けれど、近畿という言葉は使われなくなりつつあるそうです。

畿はちょっと郊外、という意味ですから、近畿と言えば、都に近いちょっとした郊外。しかし、京都は既に都でなくなって久しい。ですから、狭い意味での関西、という言葉を使うらしい。

都を厳密に本来の意味で使うなら、今関東と呼ばれているあたりを近畿と呼ばなければならないでしょう。けれど今更それはできないし、第一なじみがない。

だからとりあえず大雑場に分けて、東京周辺を関東、大阪周辺を関西、ということにするのでしょうが、そうすると東京の人から見ると九州や四国まで「関西」になってしまうし、関西から見れば北海道まで「関東」になってしまう。

ややこしいけれど。

東京が都になったときに、いや、大体東京というのが矛盾を含んでいるわけで、その時に東京近郊を近畿にしてしまえば良かったのですが。

逆に見ると、そういう地名の矛盾から日本の歴史を眺める方が、面白味はあるかも知れません。何故そこがそう呼ばれるのか、そこには必ず意味がある、つまりは歴史がある。

芭蕉が奥の細道に分け入ったのは、東北地方が十八世紀まで広く奥羽と呼ばれていたからで、四国が四国なのは昔から讃岐、伊予、土佐、阿波の四つだったから。

武蔵の国も、山城の国も、浪花の国も。今はただの都や府になってしまってて、つまんない。

美しい日本語を守るなら、まずは、新しい地名を付けるときには、なんとか「台」とかなんとか「ヶ岡」ってのは禁止、ってしてしまうのは、いかがでしょう。

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いかがでしたか。私の住んでたのは平岡だったな。つまんない。

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