四。四と言えば、もうこれしかないでしょう、四谷です。 四谷あたりの風景が、とても好きでした。中央線がぐーっと曲がるあたり、土手の緑が香ばしい。 関東の緑は深い、と友人が言っていましたが、確かにそうです。関西、特に神戸の木々の緑はとても軽やかで、若々しい。それに比べると東京の緑は分厚く濃い。かつて世田谷のあたりに広がっていたという森の姿を想像してみたくなります。 ですから、七年前、四谷の緑は一月の末の真冬というのに濃く、住宅街を縫う路地は落葉樹の隙間から差し込む太陽にちょうどいい頃加減に暖められておりました。 何故だか神社仏閣ばかり探し歩いていたあの頃。小さな、けれど手入れの行き届いた、可愛らしくさえある四谷の神社の境内には、別れたい人の名前が書かれたノートが置かれていて、友人は怖がりましたが、私はざっと目を通しました。 ああ、この人はこの人と別れたいのか。この人もこの人と別れたい。 顔も知らない、知ることもないことのない人たちの、切りたくても切れない縁がそこにはあふれかえっていて、縁もゆかりもない私がその名前を見ることが功徳になるのだ、と思いながらも、ちょっと、くらっ、ときました。 裏。ですから、さすがに神社の裏手に回るのは憚られました。 神社の裏というのは大抵たっぷりと湿っていて、複雑に絡まり合う藪苺や、人差し指ほどのナメクジ、運が良ければ、大きな緑の葉の下に赤い実を鈴のように光らせたヤブコウジを見つけることが出来ます。 この神社の裏手にはどんなに大きなナメクジが。と後ろ髪引かれながらも、やっぱり勇気がなかった。 四谷怪談のモデルになった女性は、実はとても賢い良くできた女性で、貧しかった家をコツコツと働いて復興し、庭の片隅に祭った神様をとても大事にした、怪談よりも美談にふさわしい女性だったのだそうです。 それが、いろんな話に尾ひれや胸びれ、派手な羽根まで付いて、赤穂の田舎侍の話までくっついて、もう引っ込みが付かなくなってしまったのでした。 それを知っていても、田宮の家が続いているのは祟りなどないからだというのを知っていても、やっぱり、怖かった。 本当に怖いのは、あることないこと、いや、あったことをいろいろ練り上げてもとあった物とは全く違う物にしてしまう、劇作家の方なのですが。 正体。戸板が返ると死体が出てきたり、破れた提灯が本当に破れると中から血まみれの顔が出てきたり、というのを、ケレン味がある、と言います。 外連、と書いて、あんまりいい意味には使われなかったようです。無駄に人を脅かしてみたり、大げさな表情を作ってみたり。 観客はもとより登場人物の正体を知っていて、それが露わになるのを喜んでいるわけですから、やらせ、とはちょっと違います。 でも、大げさに演出することで、かえってその正体が分かりにくくなってしまうこともあります。大きな音や派手な色、点滅する光に、何かよく分からないけれど、怖かったらしい。 閉園を余儀なくされる遊園地を後目に、派手さで売っていたテーマパークの裏で、水道管があっちこっちうろうろしていた、ことの方が、爆薬や水しぶきや歓声よりずっと恐ろしく身にしみる、2002年の夏です。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ いかがでしたか。いやあ、二週間もさぼってしまいました。何をしてい
たというわけではないのですが、やっぱり毎週出さないと、ペースが乱れ
ますね。反省。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ |
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