二。

二と言えば、二枚目。二枚目の語源は、歌舞伎興行の看板で、二番目に置かれていたのがトップスターの男前で、三枚目が笑わせ役だったから、というのは有名な話。

二の線、という言い方もされます。今日はちょっと二の線で行く、つまり男前を気取ってみる、という意味になります。

逆に三の線なら、ふざけて笑わせてみる、ということになります。ただしどちらの場合も、普段は逆でなければ意味がない。いつもとは違う自分をちらっと見せてこそ、その線は生きるわけです。

一般的に、二枚目というのは男性のことですが、私は普段は二枚目で三の線が胸元に入っている、という女性が好きです。綺麗でしっかりしているのに、ちょっと間の抜けたかわいらしさがある。

男性では、残念ながらそういう人はあまり見かけません。気取りすぎているかふざけすぎているかになってしまうのですね。男性は女性のように多面性がないので、胸元や襟元にワンポイント三の線、というのは無理なのかも知れません。

ばーっ。

歌舞伎などの演劇から生まれた慣用句は、その他にも多くあります。十八番、檜舞台、引っ込みが付かない、大根、シテ戦、などなど。

その中で、あまり使われることはありませんが、好きな言葉があります。

「ケレン味」。漢字では外連味と書きますが、ちょっと読みにくいのでカタカナになることが多いようです。

これは怪談ものなど、仕掛けが多いものに対して使われます。提灯がばーっと破れて人の顔になるとか、戸板がばーっとひっくり返って死体が出て来るとか、扇の先からばーっと水が出て来るとか、とにかく派手で人を驚かすものに対して、ケレン味がある、と言います。

ですから、何の取り柄もない少年がいきなり蜘蛛男になってばーっとビルを駆け上るとか、昨日まで郵便局員だったのに黒い服を着たらばーっと妖怪退治人になるとか、子供部屋のクローゼットを開けたら毛むくじゃらのモンスターがばーっと出て来るとか、そういうものもケレン味があるといえます。

けれど、映画の場合は、コンピューターと編集という奥の手があります。舞台のように、その場限りで失敗したおしまいだ、という緊張感があるからこそ「ばーっ」も生きてくるわけで、ですからいくらでも修正の効く、というより、全編が修正の固まりのそれは、真のケレンとは言えないのかも知れません。

荒さ。

日本のケレンは緻密を極めて、ゴジラやウルトラマンになりました。

子供番組では、かぶり物のヒーローが大人気。ちょっと昔ですが、仮面ノリダーに出て来た怪人は美しかった。バルタン星人やキングギドラも傑作でした。

けれど手作りには時間と技術が必要です。コンピュータグラフィックにも時間や技術は必要なのでしょうが、手作りの場合と違うのは、それがグラフィックだと知った瞬間、見る側が懸命にアラを探してしまうことです。

遠景なのにはっきり見えているとか、口元の皮膚の感じが不自然だとか、背骨が鉄骨みたいだとか。なのに、特撮の針金や背中のファスナーは見逃すし、見つけたとしても黙っています。それも特撮の味わいの一つだからお約束だから。

でもグラフィックではそういうところは見逃さない。そしてそんなこんなで、結局アラ探しで終わってしまう。

本当のケレン味には、荒さが必要です。それが現実の物ではない、けれど現実の物から作り出されているのだ、という感覚を残しておけるだけの荒さが。虚構の世界に引きずり込まれそうで、けれども留まろうとする、作用反作用が生じる感覚が。

それこそが生きているのだという実感で、ですから、荒い特撮の混じっているドラマには妙にリアリティーがあります。主人公がちょっと力持ちだったり、ちょっと足が速かったり、けれど決して万能ではない。

ダーク・エンジェルという海外ドラマ、その意味で成功しています。

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いかがでしたか。和風サイトを作っている割に、日本のドラマはほとんど見ません。

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