宝暦二年、西暦なら1752年。江戸時代も中期にさしかかる頃である。

その年、松村呉春は京都に生まれた。金座の年寄役の家であるから、武家である。しかも、6人兄弟の長男。

今で言えば日本銀行京都支店次長の長男に生まれたようなものである。生まれながらにしてつくべき職業は決まっているから、がつがつしたところはない。もちろん学歴は高く、留学の経験もあったりする。スポーツも得意で、テニスが趣味だったりする。

つけるべき教養はそつなく身につけ、遊びの心も知っている。けれども仕事に対しては厳しく、高い理想を持っている。

そんな現代のエリートの姿を、そのまま呉春に重ねてもさしつかえないだろう。

呉春は、与謝蕪村の弟子でもあり、円山応挙の高弟でもあった。当時の日本で最高の俳人と画人に学んだのである。さらには笛の名手でもあり、美食家でもあった。妻は花魁級の美女、しかも二番目の妻のうめは蕪村の弟子でもあったというから、俳諧の腕にも覚えのある才女。

現代の最高の俳人や画人が誰なのかは、もっと未来の人々が決めることなので分からないが、私はなんとなく坂本龍一のそれに近いように思う。

彼は東京芸術大学卒だから、学歴には申し分ない。Y.M.Oが日本の音楽界に与えた影響は、呉春を中心とした四条派の隆盛にも似ている、と勝手に決める。彼の周囲を音楽のみならず映画や文学の英才秀才奇才達が取り巻き、時には彗星のように若手お笑い芸人が遊びに来る。

さて坂本氏は、占いはどうだろう。信じるのだろうか。

呉春の性格のある一面について、池田人物誌は次のような逸話を載せている。

・・ある時の事、通りすがりの大道の人相家の前に立ち寄つて、銘々の墨色によつて其の運命を占はした。

やがて呉春の番が來た。

彼も他の者がした様に太く一文字を引いた卜者は其紙を手に取つて、墨色をあらためながら熟々と立派な呉春の風采容貌に見入つて、不審に堪へない様な面持ちをして、頻りに小首を傾げた揚句が、

『どうもあなたに限つて合ひません』

といふ意外な返答であつた。

呉春は鷹揚に『なあに、合ふあはぬは此方の言ふ事だ、まあまあ言つて見なさい』といつたが、卜者どうして中々言はうとしない。

段々と皆から迫られるにつれて、それではと卜者もきまり悪るげに

『どうもこの墨色から見ると、あなたは家がないといふ事になります』といつてジッと呉春の顔を窺つた。

『いや全くその通りだ實際わしは今居候の身分なのだ』と無雜作にいつた呉春の答に、卜者今や我意を得たりと

『それでは一體あなたは何を御商賣にしてお出でになる方ですか』

呉春『繪かきだ』

卜者『何でも同じ様なものの、あなたの墨色から推せば取り分け御武家様ででもあれは、キツと後の世に名の殘る珍しい墨色の方であるに、惜しいことだ』といつたそうだ。

呉春はこの事を非常に喜んで、以後友人と大阪に行く時には何時でも『どうだ、また墨色を見せ様ではないか』といつてからかひ、呉春の自慢話の一つになって居たといふ。

占いを信じる武家の長男。

京都の武士であるから、江戸の武士ほど固くはないのかも知れない。

そうだとしても、ちっとも武士らしくない。少なくとも、私たちが抱く「武士」というものからは、ほど遠い。

2001年末から2002年にかけての時代もののドラマでは、「生きる」という台詞が頻発されていた。

こんな時代。よく聞かれる言葉だ。どうして流行語大賞にノミネートされなかったんだろう。

こんな時代だから、命の大切さを教えていかなければならないから、討ち入りした田舎武士や戦国時代の棟梁の倅も、平和を願い人の命を尊ぶ、という設定にしなければならないのかも知れない。

武士がどんなものであるのか、どんなものでなければならないのか。私たちはもう、想像することさえできない。侍魂はコンピューターの中に閉じこめられ、戦いはスポーツの試合のようにテレビ中継される。

それはすでに、江戸時代に始まっていたことかも知れない。三百年近く戦争のなかった国の武士は、もう武士ではあり得なくなる。

勝つことも負けることも知らない武士は、どこで戦うのだろう。

全ての武士が、呉春のように器用に立ち回れるわけではない。蕪村に学ぶうちには俳画を、応挙に学び始めれば写生画を、見事なまでに描き分けた彼のように、全てのかつての武士が、全てのサラリーマンが、時代の流れに乗れるわけではない。

時代は、その流れに乗るものではなく、自らが作り上げるものだよ。

そう。戦いたいなら、自分で土俵を作ればいい。リングでもいい。自分でパンフレットを作って宣伝活動をすればいい。自分で作り上げた戦いは、全て自分の血となり肉となる。死にかけるほど血を流し、引退してから高校を出て、大学にも通って、そこから参議院選に打って出るという手もある。

そう。やってできないことはない。

けれども、誰もがそれをできるわけではない。武士になれるわけではない。

もう誰も、武士として生まれることはできない。武士に、ならなければならないから。自分の力で武士足り得なくてはならないから。何もないまっさらな最初から、武士としての自分を構築しなければならないから。それが、民主主義だから。

その意味では、江戸時代より現代の方が、はるかに厳しい時代では、ある。

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