空2


それは2001年の出来事だった。もしかしたら、これだけが確実になるかも知れない。

空は真っ黒ではなく、素晴らしく青く晴れ渡っていた。銀色のビルは朝の光を受けて、資本主義と自由主義の祝福を受けていた。その日の朝までは。

最初の攻撃からすぐにテロだと直感した人は、どれくらいいただろうか。

私は震災を経験している。その時にも最初は大規模なガス爆発だと思いこんだように、2回目の攻撃の後でさえもテロの2文字はすぐには浮かんでこなかった。

そして、それが生きた人間の意志を持って引き起こされたのだと知ったときにも、それが誰なのかすぐには想像できなかった。日本では現在凶悪な犯罪を犯すのは学生や主婦や公務員なので、ゲームオタクの集団がアメリカに渡ったのかも、などという訳の分からない想像をしてしまった。

そして、ビルは崩れ落ちる。地震のないマンハッタンのビルには耐震性がない。設計したのが日系人だと聞いて、どうしてもっと強いビルにしなかったのか、いや、できなかったのかと、建築家でもない癖に一人で勝手に申し訳ながっていた。

消防士が倒壊に巻き込まれて大勢亡くなったのだと聞く。震災の時、遺体を放置して生存者の救出に向かわなければならなかったと話していた、若い消防士の顔が思い浮かぶ。うちのおばあちゃんをなんで助けてくれへんの、という家族の叫びに背を向けなければならなかった日本の消防士と、何百という階段を登りながら瓦礫とともに崩れ落ちたアメリカの消防士。

まるで雪が降ったかのように白くなったマンハッタンの、煙さえまだ静まらないうちに、「ざまあみろ」と言った人がいた。アメリカは嫌いだからいい気味だ、アメリカがそんな国だからそういう目に逢ったのだ、そう思っている人は世界中に大勢いるよ、と言った人がいた。

私とその人の間に確かにあったはずの信頼関係も、見事に崩れ去った。


一週間以上経って、私は少しだけ冷静になってきている。

地震と比較することは賢明なことではなかった。ビルの倒壊後の様子が神戸そごうの倒壊後とそっくりであったとしても、今マンハッタンに漂っている臭いがおそらく長田に漂っていた臭いと同じであったとしても、死者の数が、おそらく五千人以上に達するだろうとしても。

神戸にざまあみろと言った人は、大勢いる。私は直接耳にしてはいないが、大阪の人であったり加古川の人であったりした。神戸よりもうちの方が被害がひどいと自慢する人や、建物はもう使い物にならないね、と言う人もいた。

その人々が神戸を嫌いだったのかどうかは知らない。おそらくその人々は、それが京都であろうが茨城であろうが秩父であろうが、そう言うのだろう。

ざまあみろ。

その人々は、とても無邪気なのである。何があろうと、何を起こそうと、その何かに対して責任を負うつもりはない。六十年前の日本人が鬼畜米英と楽しげに罵っていられたように、戦争の後の責任を負うつもりはない。やってみたかったからと言って殺人を犯す高校生と同じ。自分は永遠に子供でいられると思っている。永遠に法律が守ってくれると思っているのである。

まさに、戦後の日本人がそうだった。戦争責任は全部軍部にあって、馬鹿で哀れな国民は騙されたのだ、被害者なのだ、だから戦争責任は国民にはないのだと、それまで敵国だった米英に言われて、それを丸飲みしてしまった。

そういう日本人が、本当に、まだまだ大勢いるのだ。


報復するべきだという意見が半数なのだそうだ。けれども、テロリストの撲滅は不可能だとも言われている。

アフガニスタンからアメリカに亡命した人が書いたというコラムを読んだ。地上戦がふさわしいのだという。空爆よりきめの細かい作戦が行えるから。本当にアフガニスタンの人が書いたのかどうか、本人に連絡も取れない状態だそうなので、定かであるとはいえない。けれど、もしそうだとしたら、自分の国に攻撃が行われることを是としなければならない、それほどの状況なのである。

戦うべきは誰なのか。ちょっとばかり格好の良い白頭鷲に煽られてはいけない。報復報復と浮き足立つことは、六十年前に戻ることだ。

騙されやすい馬鹿な子供に、戻ることだ。

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